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2007年03月15日 木曜日
記憶がウソをつく!(古舘伊知郎、養老孟司)
古舘伊知郎氏と、養老孟司氏による対話本です。
古舘氏の溢れんばかりの好奇心と豊富な知識を養老氏がしっかりと受け止め、独自の切り口で話を発展させてゆく。そんな見事なかけあいに巻き込まれて私も様々なことを考えてしまうという、非常に刺激的で面白い一冊でした。
しかしまあ、古舘氏はよくもこれだけいろいろな事柄に興味を持ち、考え、それを次から次へと立て続けに引き出しから出してこられるものです。あのマシンガントークの背景にはこれだけのものがあったのですね。
本のタイトルは「記憶がウソをつく!」ですが、それは本書の中の一つの話題に過ぎず、二人の話題は「脳、記憶、文化、言語、心理、社会、宗教」と様々な分野に果てしなく広がってゆきます。
特にに最後の方では、人の死生観や人生観を深く掘り下げるやりとりが繰り広げられ、あまりの面白さに、私はそれまで下線を引いていたのをやめてしまいました。
この本の中で興味深かった話の例を挙げてみると
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◇食べ物を「美味しい」と感じる細胞が脳の「扁桃体」にあり、猿に好物のスイカを見せると、たちまちその細胞が活動を始めるので「スイカ細胞」などとも呼ばれているそうです。
私は以前から、何故自分が「のれそれ」や「カワハギの肝」をこんなに「旨い」と感じるのか、とても不思議に思っていました。
「旨い」とは科学的には一体何なのでしょう。
生き物がその刺激を「快」と思うということは、きっと生命活動を維持するために何らかの「意味」があるのだと思います。
「レバ刺し」や「肉汁たっぷりステーキ」も、その旨さの本質はアミノ酸や糖類、脂肪などの分子です。それらが人体に”必要”だから旨く感じるのか…。
腐ったものを「まずい」と感じるのは意味があると思います。しかし「にがい」場合は、時にはそれが旨さに変化する場合もあるのです。
さらには、文化や環境によっても旨いまずいは変わってくるでしょう。
以前、亀を飼っていた時、乾燥イトミミズよりも生のマグロ刺し身を美味しそうに食べる亀を見て、やはり亀もこっちの方が旨いんだーなどと思っていました。
旨さとは何か…。まだよくわかりません。
◇目と耳の情報は全て大脳の新皮質(高次脳)に入るのに対し、匂いは半分が新皮質に半分が情動を司る扁桃体(原始脳)などに入ってゆくのだそうです。
匂いによってふっと思い出が蘇ったり強く心が動かされることがありますが、それはこんな理由によるのですね。
◇「絶対音感」というのがありますが、実はこれは「原始的」な感覚で、絶対音感が無い方が「より高度」な脳の機能と言えるのだそうです。
「絶対音感」は確かに音楽家にとってはすごいことです。しかし、聴覚神経は本来音階ごとに細胞があり、それをストレートに脳で解析すればそのまま「絶対音感」になります。しかし、そこを脳は高次処理をして”音程がずれていても同じメロディーに聞こえる”ようにしているのです。
コンピューターでも、音階がずれていても同じメロディーだと認識させるのは簡単なことではありません。
絶対音感というのは、高度に発達した脳の機能を「原始」の状態に戻すことなのです。
◇日本人が脳の障害によって失読症になったとき、「かな」が読めなくなる症例と「漢字」が読めなくなる症例があるのだそうです。
つまり、漢字は視覚情報によるパターン認識であり、かなは聴覚情報による音認識なので、違う脳の領域で処理を行っているのです。
日本語以外ではこのような症例は考えられないということでした。
日本人は他の言語の倍の脳を使っているという根拠はこういうところにあったのですね。
最後に、本書のタイトルである「記憶がウソをつく」ですが、これは、ある記憶を思い出す時、その人は既にそれが記憶された過去の時点からいろいろな経験や知識によって変わってしまっているので、現在の脳で過去の自分のことを正確に再現するというのは不可能である、と言うことのようです。
つまり、子供の頃に美味しかった海老フライの記憶は、その後いろいろな美味しいものを食べてしまった大人の脳では絶対に再現できないということなのでしょう。
過去のことを考えているのは「現在の自分」であり、現在の自分というメガネを通してしか過去は思い出すことは出来ません。
物理の本で、物体の性質は「人間が観察した」瞬間に変わってしまうので、絶対に何の影響もない状態での物質を知ることは出来ないというようなことを読んだことがあります。それに似ていると思いました。
養老氏はそんなことを、「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」という故事を引き合いにして説明していました。
人は瞬間瞬間に変化し続けているものであり、その変化した自分が思い出す過去もそれに従って変化してゆくものだと。
それにしても脳というのはほんとに不思議なものです。
美しかった景色も、心に残る音楽も、そして様々な思考も、全てその実態は「脳細胞」に帰するのです。あの長大な音楽や美しい映像が、脳細胞の何らかの繋がりとして自分の脳の中に固定されているのでしょう。
いろいろなことを考えさせてくれる本でした。
[番外
> 読書
]: 2007年03月15日 23:08:
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コメント
モカさんへ
やはり時の流れに逆らえないということでしょうか?
常に過去になって行く現在。常に現在になって行く未来。
全ては時間に流れの中で、まさしく「進んでいく」。
ちょっと横道にそれましたが。
投稿者 ラフト : 2007年03月16日 15:31
モカ様へ
回復してますか?
絶対音感のお話、満へえ 〜でした。
音楽の事でうんちくを語りたがる主人も同じくでした。
おもしろそうな本ですね。
やっと花金ですよ〜しかも来週はお休みあります♪
モカの腹をみてよく思うんです。一昨年の一年間、東京に住んでいたときに
モカパラと出会っていればなあと。
モカ様の紹介しているお店にいきまくれたのに。。。
光寿司なんか、興奮しました。今度遊びにいくときにいけたらいいなあ。
土日で完全復活してくださいね〜
ではでは、また!!
投稿者 こま : 2007年03月16日 17:42
>ラフトさま
「常に過去になって行く現在。常に現在になって行く未来」
詩的でいい言葉ですね。
川の流れに身をゆだねるように、時の流れにしなやかに乗って生きてゆきたいものです。
>こまさま
有り難うございます。
だいぶ回復してきました(^-^)v
絶対音感の話面白いですよねー。あいまいな方が高等だとは。
絶対音感の人は音程が狂っていると、別の音楽に聞こえてしまうそうです。
東京にいらしたときは、ここの情報がお役に立てれば嬉しいです(^_^)
投稿者 モカ : 2007年03月16日 19:04
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