カテゴリー「読書」の一覧
2007年03月08日 木曜日
ツレがうつになりまして。(細川 貂々)
マンガ家の妻と、うつ病になった夫の生活をつづったマンガです。
とにかく面白く、読みやすく、心温まり、そして「うつ病」を知る上で大変勉強になった一冊でした。
日本人のうつ病の「生涯有病率」(一生のうちに一度は病気にかかる人の割合)は15人に1人。まさにそこいらじゅうに「うつ病」経験者がいると言っても過言ではありません。
作者の夫も、うつ病になるまではバリバリのサラリーマンで、まさか自分がうつ病になるとは思ってもみなかったということでした。
うつ病は本人も周りの人も非常に辛い病気だと思います。しかし、このマンガを読んでいると、思わず二人の姿に笑ってしまうところがいたるところにありました。
突然丸坊主になったり、水草を育ててみたいと言い出したり、台風が来ると寝込んだり、二人で願を掛けて恵方巻きを食べたり…。
元気に働くサラリーマンを見て「社会から必要とされていない」自分に落ち込み、泣きながら自分の布団(「カメ布団」)にもぐり込んでしまう夫。それを見て「私が必要としてるよ」と言ってあげる妻。
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うつ病の説明をした本はたくさんありますが、ここまでうつ病の”ありのままの姿”を分かりやすく描いたものは少ないのではないかと思います。
これも、作者の優しいまなざしと洞察力、そして夫に対する暖かい心のなせる技なのでしょう。
マンガの中で、夫の奇っ怪な行動を見て
「うつ病って宇宙人の風邪みたい」
というセリフがあります。
こういったユーモアセンスが彼の病気の回復の助けになったのかもしれません。
しかし、一方では電車にふと飛び込もうとしてしまったり、風呂場で自殺未遂をしたりと、うつ病の持つ本当の恐さも書かれていました。
そんな中でも徐々に症状は軽くなり、1年半後には日常生活に困らないまでに回復するのでした。
闘病中は「夜は必ず明ける」という言葉も信じることが出来なかったと言います。
しかしうつ病から回復した今、自分の弱さも含めた『ありのままの自分』を受け入れられるようになった夫を見て、
「あれは人生の中で避けては通れなかったこと」
と思えるようになったと作者は書いています。
うつ病になったらマンガさえも読めなくなるかもしれません。しかしこのマンガは、うつ病を取り巻く全ての人、そしてうつ病にはなっていなくても、ちょっと心に疲れを感じている人にはとってもオススメのマンガだと思いました。
2007年03月15日 木曜日
記憶がウソをつく!(古舘伊知郎、養老孟司)
古舘伊知郎氏と、養老孟司氏による対話本です。
古舘氏の溢れんばかりの好奇心と豊富な知識を養老氏がしっかりと受け止め、独自の切り口で話を発展させてゆく。そんな見事なかけあいに巻き込まれて私も様々なことを考えてしまうという、非常に刺激的で面白い一冊でした。
しかしまあ、古舘氏はよくもこれだけいろいろな事柄に興味を持ち、考え、それを次から次へと立て続けに引き出しから出してこられるものです。あのマシンガントークの背景にはこれだけのものがあったのですね。
本のタイトルは「記憶がウソをつく!」ですが、それは本書の中の一つの話題に過ぎず、二人の話題は「脳、記憶、文化、言語、心理、社会、宗教」と様々な分野に果てしなく広がってゆきます。
特にに最後の方では、人の死生観や人生観を深く掘り下げるやりとりが繰り広げられ、あまりの面白さに、私はそれまで下線を引いていたのをやめてしまいました。
この本の中で興味深かった話の例を挙げてみると
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◇食べ物を「美味しい」と感じる細胞が脳の「扁桃体」にあり、猿に好物のスイカを見せると、たちまちその細胞が活動を始めるので「スイカ細胞」などとも呼ばれているそうです。
私は以前から、何故自分が「のれそれ」や「カワハギの肝」をこんなに「旨い」と感じるのか、とても不思議に思っていました。
「旨い」とは科学的には一体何なのでしょう。
生き物がその刺激を「快」と思うということは、きっと生命活動を維持するために何らかの「意味」があるのだと思います。
「レバ刺し」や「肉汁たっぷりステーキ」も、その旨さの本質はアミノ酸や糖類、脂肪などの分子です。それらが人体に”必要”だから旨く感じるのか…。
腐ったものを「まずい」と感じるのは意味があると思います。しかし「にがい」場合は、時にはそれが旨さに変化する場合もあるのです。
さらには、文化や環境によっても旨いまずいは変わってくるでしょう。
以前、亀を飼っていた時、乾燥イトミミズよりも生のマグロ刺し身を美味しそうに食べる亀を見て、やはり亀もこっちの方が旨いんだーなどと思っていました。
旨さとは何か…。まだよくわかりません。
◇目と耳の情報は全て大脳の新皮質(高次脳)に入るのに対し、匂いは半分が新皮質に半分が情動を司る扁桃体(原始脳)などに入ってゆくのだそうです。
匂いによってふっと思い出が蘇ったり強く心が動かされることがありますが、それはこんな理由によるのですね。
◇「絶対音感」というのがありますが、実はこれは「原始的」な感覚で、絶対音感が無い方が「より高度」な脳の機能と言えるのだそうです。
「絶対音感」は確かに音楽家にとってはすごいことです。しかし、聴覚神経は本来音階ごとに細胞があり、それをストレートに脳で解析すればそのまま「絶対音感」になります。しかし、そこを脳は高次処理をして”音程がずれていても同じメロディーに聞こえる”ようにしているのです。
コンピューターでも、音階がずれていても同じメロディーだと認識させるのは簡単なことではありません。
絶対音感というのは、高度に発達した脳の機能を「原始」の状態に戻すことなのです。
◇日本人が脳の障害によって失読症になったとき、「かな」が読めなくなる症例と「漢字」が読めなくなる症例があるのだそうです。
つまり、漢字は視覚情報によるパターン認識であり、かなは聴覚情報による音認識なので、違う脳の領域で処理を行っているのです。
日本語以外ではこのような症例は考えられないということでした。
日本人は他の言語の倍の脳を使っているという根拠はこういうところにあったのですね。
最後に、本書のタイトルである「記憶がウソをつく」ですが、これは、ある記憶を思い出す時、その人は既にそれが記憶された過去の時点からいろいろな経験や知識によって変わってしまっているので、現在の脳で過去の自分のことを正確に再現するというのは不可能である、と言うことのようです。
つまり、子供の頃に美味しかった海老フライの記憶は、その後いろいろな美味しいものを食べてしまった大人の脳では絶対に再現できないということなのでしょう。
過去のことを考えているのは「現在の自分」であり、現在の自分というメガネを通してしか過去は思い出すことは出来ません。
物理の本で、物体の性質は「人間が観察した」瞬間に変わってしまうので、絶対に何の影響もない状態での物質を知ることは出来ないというようなことを読んだことがあります。それに似ていると思いました。
養老氏はそんなことを、「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」という故事を引き合いにして説明していました。
人は瞬間瞬間に変化し続けているものであり、その変化した自分が思い出す過去もそれに従って変化してゆくものだと。
それにしても脳というのはほんとに不思議なものです。
美しかった景色も、心に残る音楽も、そして様々な思考も、全てその実態は「脳細胞」に帰するのです。あの長大な音楽や美しい映像が、脳細胞の何らかの繋がりとして自分の脳の中に固定されているのでしょう。
いろいろなことを考えさせてくれる本でした。
2007年03月25日 日曜日
元気な脳をとりもどす(ダニエル・G・エイメン)
「最近物覚えが悪くなった」「言いたいことがすぐに口から出なくなった」「困難な状況になると頭が真っ白になる…」
そんな時、多くの人が自分の脳の衰えや不具合を実感すると思います。
最近すっかりアホウになってしまった私はしょっちゅうです。
しかし考えてみれば、そのような明らかな不具合がなくても、人のあらゆる活動の元になっているのは脳なのです。
人と話すのも、楽しむのも、のんびるするのも、笑うのも、脳がうまく機能しているから出来ることです。
人が何をするのも脳が一番大切。脳がきちんと機能していない豊かな人生は送れないのです。
この本は、そんな大切な臓器である「脳」をいたわり、調節してあげることによって人生をより豊かにしてゆく方法について書かれていました。
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胃や肺の具合を知りたい時、医師は当然のようにレントゲン写真やCTスキャン、血液検査などを行います。
しかし脳の具合を知りたい時はどうでしょうか。
気分がふさぐ、落ちつかない、記憶力が低下している…。多くの場合そういった症状を重ね合わせるだけで、物理的客観的な検査はしないで病気を特定していると思います。
つまり、胃が痛い、むかつく、吐き気がする…などという問診による症状だけで病気を特定してしまうのと同じなのです。
この本の著者であるエイメン博士(精神科医・脳学者)は、脳の状態を物理的かつ客観的に調べる方法としてSPECTという画像診断を使っています。
SPECTは脳の活動状況をある側面から見ているだけなのですが、3万人以上の脳をSPECTで調べて脳の症状と関連づけることにより、診断手段としてかなりの精度を確立しているようでした。
そして、そのように症状や画像から脳の状態を診断し、適切なケアをすることによって、多くの人で脳機能の改善が実現しているのだそうです。
脳の状態を最良にするにはさまざまな方法があります。
食事、サプリメント、運動、ストレス解消、トレーニング。
あまりにたくさんありすぎて、全てを実行するのは無理だと思うのですが、私もとりあえずファンケルの「記憶サポート」というのをを毎日飲んでみることにしてみました。さあ、これが「何とかにつける薬」になるでしょうか。一ヶ月後が楽しみです。
また、ブルーベリーとかラズベリーなども様々な良い効果があるということで、冷凍ブルーベリーを毎日つまんでみることにもしてみました。
オシャベリーもいいと思うので、せっせと飲み会にも行こうと思っています。
あと、新しいこと、新しい方法、いつもと違ったことにチャレンジすることもとても大切だと書いてありました。
料理をする時も新しいレシピを作ったり考えたりするのはとても良いことですね。
とても分厚い本だったのですが、いろいろと勉強になりました。
紹介してくださったSisterEさま、有り難うございました。
2007年03月29日 木曜日
脳の中身が見えてきた(利根川進、伊藤正男、甘利俊一)
自分の”おつむ”(おむつじゃないょ)に不安を持ってからというもの、最近すっかり脳科学にはまっています。
過去の膨大な記憶も、あれこれ考えるのも、全てはこの脳のおかげ。
果たしてその仕組みはどこまでわかっているのか。そんな疑問を持った時この本に出会いました。
とにかく著者がすごい。日本で唯一ノーベル生理医学賞を受賞した利根川先生。そして日本を代表する脳の神経生理学者である伊藤先生。
あまりにも豪華な顔触れです。
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伊藤先生は、主に小脳の脳の回路の研究について書いていました。
興奮性とか抑制性の神経細胞による回路図をいろいろと説明していたのですが、難しくてあまりよくわかりませんでした(ーー;)。
利根川先生は、最新の実験手法によって解明されてきた記憶のメカニズムについて、とても分かりやすく解説していました。
記憶に関係する脳の海馬の領域にはCA1とCA3があり、それぞれ「記憶の獲得」と「記憶の想起」にかかわっていることがわかっています。
「記憶の獲得」は、そのものズバリ記憶を記銘する能力です。
一方、「記憶の想起」は、記憶したことを思い出す能力です。
年をとるとだんだん記憶力が悪くなってきますが、実際は新しく記憶する能力はあまり落ちず、記憶を思い出す(想起する)能力が落ちてゆくのだそうです。
覚えているはずの名前が思い出せなくても、「最初に”も”がつく人」と言えば「あ、モカモカね!」と思い出せるあれですね。
記憶が脳内で作られる時、これらの領域(CA1やCA3)の神経細胞の伝達が強まることがわかっています。
伝達が強まるということは、つまり神経と神経の間にある”シナプス”での伝達が強まるということです。
このように、ある神経細胞のネットワーク(パターン)が強化されることによって「記憶」が形成されると考えられました。
利根川先生らは、CA1細胞またはCA3細胞のみで、”シナプス”の受容体が欠損したマウスを作り出し(これがすごい!)、それらのマウスでは見事に期待される種類(それぞれ「記憶の獲得」と「記憶の想起」)の記憶が無くなってしまうことを証明したのです。
ほんとにすごい研究です。
あまりにもエレガント。素晴らしいです。
通勤電車の中で読んでいたのですが、読み終えた時、立ち上がって拍手したくなるような内容でした。
最先端の研究を分かりやすく書いた、とても刺激的な一冊でした。
2007年04月05日 木曜日
気象病 天候が健康を脅かす(村山貢司)
NHKの天気予報でおなじみの、村山さんによる「気象と病気」に関する本です。
私は、以前から低気圧や気温の低下、特に寒冷前線の通過でいろいろな自律神経症状が出るような気がしていたのですが、なかなか確証はもてませんでした。
しかし、この本を読んでみてびっくり。まさに私が経験的に推測していたことがそのまま書かれていたではないですか。
とにかくこんなにも気象と病気の関係がいろいろとわかっているのかと驚かされた本でした。
ちなみに気象と病気の関連を取り扱う学問として「生気象学」という分野があるのだそうです。
私が特に納得させられたのは文中の下記の部分(要約)です。うーん、ガッテンガッテン。
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「春は他の季節に比べて天気が短い周期で変わり、低気圧が発達する場合には特に気温や気圧の変化が大きくなります。
気温が下がると皮膚表面や末梢の血管が収縮し、その分体の内部の血管が拡大し、増大した血流が対流し、炎症部分を圧迫してしまいます。この刺激が炎症を悪化させるのです。
急激な気象の変化の始まりの時が最も悪化し、時間が経過すると気圧が下がり続けていても炎症や痛みは次第に弱くなってくるのが普通です。
リウマチなどは気圧の変化と気温の低下が同時に起こると悪化することが多いようです。気温の低下は身体内部の血流の増加、副交感神経や交感神経の過敏性を高めてしまいます。」
他にもいろいろ書きたいことがあるのですが、早寝するのでこのあたりで…。
2007年04月15日 日曜日
安心して絶望できる人生(向谷地 生良、浦河べてるの家)
「統合失調症」「人格障害」などの精神科医療で”旋風”を巻き起こしている、浦河べてるの家(北海道)について書かれた本です。
読んでいて、ちょっとした感動の連続でした。
現代の精神科医療は、とかく医師による薬剤療法中心で、当事者の声が聞かれることはほとんどありません。
しかし、ここではそれが全く異なるのです。
べてるの家で流れている基本的な思想は
1)障害な症状なども含めた「あるがままの自分」の受容
2)自分の症状に自分自身が目を向け「研究」し、広く社会に「公開」する
ということだと思います。
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1)では、例え統合失調症で毎日幻聴が現れても、その幻聴に名前を付け、それを自分の一部として受け入れてしまうのです。
「今日も順調に発病」「予定通り調子悪し」
こんな感じです。
そして、そのあるがままの自分の受容によって辛さや苦しみからの開放が始まるのでした。
最近私も耳の症状で、将来に対する不安など精神的に苦しい状況になることが多々あります。
しかし、変えられないことをあれこれと悩んで苦しむことは、本来無意味なのです。
べてるの家での受容の精神はとても私を勇気づけてくれました。
2)もすごいです。
精神障害の人達が、自分の症状や、その経過などを実に詳細に観察し、専門家では出来ないような解釈をし、自分から治療方法を編み出してしまったりしています。
べてるの家では、これを「当事者研究」と言っているのですが、これは当事者や精神科医療に携わる人だけでなく、広く一般の人でも共感できることが少なくないのではないかと思うことも多々ありました。
そして何より、私はこの本を読んでいて、とっても気持ちが楽になりました。
「こうあらねばならない」という規制が強い私にとって、彼ら彼女らの生き方は、まさに破壊的なほど私の価値観を揺るがしています。
「川の流れに身をまかせるようにいつも自然体でいられたら…」
そんなことを思いながらもなかなか出来ない私にとって、ちょっとしたバイブル的な本になりそうです。
2007年04月22日 日曜日
べてるの家の「非」援助論—そのままでいいと思えるための25章
先日の「安心して絶望できる人生」に続き、再び北海道の過疎地に作られた、精神障害者のグループ施設「浦河べてるの家」の本です。
精神障害者というのは、端から見るとよくわからない存在であり、ともすれば「怖い存在」として疎まれていると言えるかもしれません。
また、治療する側も、精神疾患で現れる様々な症状は薬で押さえ込み、出来る限り消し去ろうとしています。
しかし、その弊害として、精神障害者は薬によって意識はもうろとなり、人間本来の活き活きとした感情さえも奪われてしまうことが多いのです。
べてるの家では、症状自体をその人の一部として捕らえ、積極的に受け入れ、さらに自らの病気を語り、それらを外に向けて公開してしまっています。
例えば統合失調症の症状として現れる幻聴は「幻聴さん」として人格を与えるように大切にし、決して消し去ろうとはしていないのです。
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病気や症状は辛いことも多いでしょう。しかし、その辛さを感じることはが人間本来の姿であり、人間らしさなのです。
治療するべきところは治療し、変えられないものや治療によって受ける損失が大きいものは自分の一部として受け入れる。そんな医療本来の姿をそこに感じました。
しかしやはり自分の精神病、精神障害を受け入れるというのはとても辛いことだと思います。
今は精神障害で苦しんでいた人達も、かつては第一線で活躍していた人かもしれません。
私もメニエール病などという厄介な病気になり、その現実を未だにうまく受け入れることが出来ません。
何かの間違えなのではないか、夢を見ているのではないかなどと今でも思う時があります。
また再びお酒をたくさん飲みたいし、バリバリ働きたい。しかしそれはもう出来ないかもしれない。
そんな時、この本に書かれている以下の文章がとても心にしみました。
「現実には多くの人たちが、病気になりながらも「夢よもう一度」の気持ちを捨て切れず、競争しつつ「右上がり」の人生の方向を目指している。
何度も何度も自分に夢を託し、昇る人生に立ち戻ろうとする。
ところが不思議なことに、「精神障害」という病気はそれを許さない。「再発」というかたちでかたくなに低抗する。まるで「それはあなた自身の生きる方向ではないよ」と言っているかのように……。
その意味で精神障害者とは、誰よりも精度の高い「生き方の方向を定めるセンサー」を身につけた、うらやむべき人たちなのかもしれない。」
私のメニエール病も、なるべくしてなったものと言えるかもしれません。
これによって、今自分の生活スタイルや性格を見直しています。いろいろなことにも気がつきました。
人生何がいつ起こるか全く分かりません。
そして、その何かが起きた時にその変化を受け入れるためのヒントをこの本によってまた少し学んだ気がします。
2007年04月28日 土曜日
遺品整理屋は見た!(吉田 太一)
キーパーズという遺品整理業者の代表が書いた本です。
遺品整理屋というのは、亡くなった方の家財などを整理し、遺族に渡したり処理したりする業者のことです。
孤独死や自殺などで亡くなった方の場合が多いようで、読んでいてかなりリアルな現実を感じてしまいました。
一人暮らしをしていると、自分が死んだ時に一体この膨大な物はどうなるのだろうと考えてしまいます。
でもこういう業者がいるととても助かるなと思いました。
本の中にはたくさんの事例が書かれており、かなりリアルな描写も多いです。
しかし、全体を通して著者の誠実で真摯な姿勢と優しさが感じられ、頭が下がる思いがしました。
2008年01月09日 水曜日
1リットルの涙(木藤亜也)
中学三年生にして「脊髄小脳変性症」という原因も治療法もわかっていない難病に冒され、25才で短い人生を閉じた女性がつづった日記です。
かなり心を揺さぶられる本でした。
1986年に出版されて以来210万部を越すロングセラーを続け、映画やテレビドラマにもなったためご存知の方もとても多いと思います。
素人の闘病記ということで、最初はあまり期待しなかったのですが、読み出してすぐにあまりの素晴らしさに一気に読み切ってしまいました。
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これは、お涙ちょうだいの悲話でも、前向きに頑張る美談でもありません。
本来公開するつもりで書いたのではない彼女の日記には、日々病気に向き合う率直な気持ちがつづられています。
病気が進行し、今まで出来ていたことが出来なくなり、重度の障害者になってゆく自分。
そんな自分を受け入れられず、頭を打ち付けて悔しがり、怒り、時には友さえも恨むこともあります。
その一方で感謝や喜びもあり、様々な交錯する思いが綴られていました。
この本を読んでいて、自分が病気で苦しんでいた頃のことを思い出しました。
どうしようも出来ない現実を受け入れ、あきらめ、ありのままの自分を認めること。そして、そこから今自分が何を出来るかを考えること。
改めて、小さなことでも自分が持っていること、出来ることに目を向け、感謝の気持ちを持とうと思いました。
病気や障害と立ち向かっている人は星の数ほどいます。
しかし、この作品がこれだけの人々の心を揺り動かすのは、彼女の素直な心と鋭い感性、そして高校生とは思えない卓越した文章表現力のなせるわざなのだと思います。
本を読んでいると、まるで彼女がすぐそこにいるかのような気持ちになります。
しかし彼女はもう20年も前に亡くなっているのです。
でも、こうやって210万人(映画やドラマを入れるとさらに多くの人達)もの人々の心を動かし、彼女は皆の心の中で生き続けているのです。
すごいことだと思いました。
2008年03月23日 日曜日
無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法 (勝間 和代)
今をときめく経済評論家「勝間和代」さんが書いたベストセラー書籍です。
読み始めたときは
「そんなにあくせくしなくてもいいじゃない」
「こんなこと出来るわけがない」
などといぶかしく思っていたのですが、最後にはいろいろと得るところがあり、とても得をした気分になりました。
すごく元気が出る本だと思います。
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時間は全ての人に平等に与えられたものです。
しかし使い方は人それぞれ。使い方次第でどのようにでも変わってくるものなのです。
「時間がない」と言う前に今の自分の時間の使い方を見直してみることが必要だと感じました。
私も普段からやりたいことはたくさんあるのに、いたずらに時間が過ぎてしまい、効果が出ないということをしばしば経験します。
この本はそんな疑問や解決法を実に論理的かつ具体的に示してくれます。
本の中で
「やることを効率化するのではなく、やらないことを増やす」
と書いてあるように、この本はやることを詰め込んで忙しくするのが目的ではありません。
逆に、時間を上手に使い、出来た時間で家族や友達とたっぷり過ごし、自分のためになること楽しいことをたくさんやり、生き甲斐ややりがいのある幸せな人生を獲得することが目的なのです。
ちなみに本のタイトルですが、
・無理なく続けられる → 自分なりにアレンジすれば可能
・年収10倍アップ → 著者の実体験に基づいた言葉なのですが、ちょっとこれは自分では無理かと
という感じでした。
まず本書では、時間管理の基本として自分が使っている時間を
1)空費:だらだらと過ごす時間。時間泥棒(寝過ぎ、お笑い番組、無為な飲酒、ネットサーフィン、長メール、ミクシ、ゲームなど)
2)浪費:ためにはならないけど必要な時間(通勤、飲み会、つきあいなど)→徒労感
3)消費:とにかくやらなければいけないこと(仕事、会議など)→充実感、幸福感
4)投資:ためになるけど、緊急性は低いこと(読書、勉強、恋人との時間、スポーツなど)
という4つに分け、いかに“空費”“浪費”の時間を減らして“投資”の時間を増やすことで“消費”の時間を効率化するかに注視しています。
それを実現するためには
・優先順位をはっきりさせて
・目の前の雑事にとらわられずに
・長期的にやるべきことをやる
ことが大切なのです。
具体的に、時間を効率的に使うためには、
・現状の分析を行い
・具体的な目標をたてます。このとき、自分がやりたくて得意なことを優先することが大切です
・そして両者の差の分析を行い
・差を縮めるために何が必要かを考える
といったことを行います。
そのためには
1)行動パターンや続けられる“仕組み”を作る
例:駅まで歩く。階段を使う。週3日の勉強の日。体重のグラフをつける。
2)やらなくて良いことを削減する。必要以上に“いい人”にならない。
3)ツールの活用
例:ICレコーダー、手帳、ネット、パソコン、ソーシャルブックマーク
4)アウトソーシングで時間を作る
5)技術や知識の取得
例:読書、講習会、練習
といったことを行います。
そして必ず効果を具体的な数値として評価することが大切だと書いてありました。
効果が出るまでは時間がかかります。そのため、普段は“目標”ではなく“行動”(歩く、記録するなど)にフォーカスするも大切です。
この他大切だと思った言葉は
・時間効率の悪い人は、判断が遅い→迷ったら可能性が高い選択肢を選んでしまう
・先に自分の“投資”の時間を入れてしまい、その後にそれ以外の予定を入れてゆく
といったことでした。
この本を読んで私が自分で考えた目標は
「健康、脱低所得、やりがい、恋人、ゆとり、楽しみ」
です。
これを実現するための具体的な道筋も考えました。
これからの人生が楽しみになる一冊だと思います。
