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まかせるとは、相手を信頼すること

信頼

Cさんが会社を休職し、一日中ずっと一緒に過ごすようになってからもうすぐ半年。

最近感じているのは、相手のペースに合わせることの大切さです。
当たり前のことですが、これが今まで出来ていなかったと思いますすまん

私がせっかちなのに対し、Cさんはゆっくり物事をやるタイプ。

私がCさんに何かをお願いした時、すぐに彼が動かないことが多いです。
その時、つい
「早く!」
などと言ってしまいたくなります。

まかせるとは、相手を信頼すること

相手を信頼する

実は彼は一度聞いたことは決して忘れません。
聞いたそばから忘れてしまう私とは対照的ですすまん

なかなかやらないのは、他の事をしたいのかもしれないし、疲れていたり具合が悪いのかもしれません。
ほんとに出来ないのならばそう私に言ってくれるはず。
いつやるか、やるかやらないかは彼の問題。

そこで、一度お願いしたら、あとは出来るだけ何も言わずに彼のペースにまかせることにしました。
そう思うことによって、私も精神的に楽になりました。

そうして気づいたのは、これはひとえに「相手を信頼する」ということでした。

私は人にまかせるということが苦手で、いつも「自分で何とかしないといけない」と思って生きてきた気がします。
でもこうやってこの歳になって、やっと人を信頼し、まかせることが出来るようになりつつあるのは幸せなことだと思っています。

いくつになっても、変化も進歩もある。
そしてそれは自分一人では出来なかったことだと思います。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

Cさんが会社を休職することになりました

ストレス

Cさんが東京から室蘭に転勤になって一年ちょっと。

東京にいたころは帰宅が深夜になることもあり、疲れ果てたCさんを見て日々ハラハラしていました。
でも室蘭ではお給料はぐっと減りますが仕事は楽になるはず!踊り
そしてCさんはこのまま定年まで働き、さらに再雇用で65才まで勤務して、その後は年金をもらって安泰だと思っていました。

キャホー!

しかし…なかなか現実は予定通りには進みませんでした。

室蘭での仕事は期待してたよりもずっと忙しく、職場でのストレスはCさんを日々苦しめました。
東京でのストレスが治まることなく、さらに蓄積してゆくようでしたエルモ大泣き
特に7月あたりからは目に見えてCさんは憔悴し、見ていてとても心配になっていました。

会社にこれ以上行かせたくない

Cさんは今まで私に愚痴や弱音は言うことはほどんどありませんでした。
しかしその頃から夜お酒を飲んだときに、少しずつ職場での辛さを話すようになりました。
うんうん、私でよければいくらでも聴きますよ。

Cさんの話は、聞いているだけで辛くなる厳しい内容でした。

「そんな状況の中で今までよく頑張ってきたね」

涙が出ましたエルモ大泣き

職場内部のことは書けませんが、Cさんの症状は

・休みの日も朝から不安で、何かに集中しないとやっていられない
・職場では不安や緊張で動悸や耳鳴りがし、お腹の具合が悪くなる
・人に話しかけたり、メールを送るのが怖い

さらに

「車がぶつかってきて怪我をすれば会社を休める」

とまで言うようになりましたわぉ

精神科へ

精神科へ

これはまずいです。

「これ以上Cさんを会社に行かせたくない」

毎朝Cさんを会社に送り出すのは不安で仕方ありませんでした。

でも自己都合で会社を辞めると、退職金や失業保険などで不利な条件になります。
自己都合では、失業給付金は出るまでに3ヶ月かかり、その後150日(約5ヶ月)しか出ません。
ここで辞めるのはあまりに悔しい…。
でもその時のCさんの状況をみたら、それも覚悟しました。

何とか出来ないかと考え、Cさんに一緒に「精神科」を受診することを提案。
8月7日(金)に一緒に精神科に行ってきました。
あのCさんが精神科に行ってもいいと思うこと自体、かなり具合が悪い証拠だと思いました。

初診では、ドクターと看護師さんが1時間半にわたって丁寧にCさんの状況を聴いてくれました。
嬉しかったです。

医師に

「そんなひどい状況の中でよく堪えてきましたね」

と言ってもらえたときは救われた気になりました。
そして医師が下した診断は

「あなたは適応障害なので即刻休職するように」

というドクターストップでした。

心のトラブルというのは周りの人はもとより、当事者でもその判断が難しいものだと思います。

・自分が弱いのではないか
・もっと頑張れるのではないか
・さぼっているのではないか

などと思ってしまう人も多いと思います。
そんな中で、専門家である医師の「診断」と「指示」は私たちを救ってくれました。

即刻会社を休むことに

金曜日に病院に行き、早速翌月曜日から会社を休むことにしました。

Cさんは会社に行くこと自体が辛いので、診断書を持って私が手続きに行ってきました。
キャオーン、初めて入るCさんの会社。
ここで毎日辛い日々を送ってきたのね(涙)。

突然仕事を休むことになり、同僚には迷惑をかけることになります。
Cさんもそのことはとても悩みました。
しかしここで数ヶ月にわたって引継ぎをすれば、Cさんの症状はさらに悪化するでしょう。

会社の人事担当の方にはCさんのその気持も伝えました。

経済的には何とかなると

今後経済的には私たちはどうなるのでしょうか。

Cさんはほぼ全く「有給休暇」をとっていなかったので、今後はまずそれを消化します。
さらに会社の病気での有給休暇制度をを利用し、合計で4ヶ月ほどはお給料が出る予定です。

その先はどうなるかわかりません。

計算では私の収入だけでも頑張って節約すればなんとかやってゆけます。
東京のマンションの家賃収入があって助かりました。

室蘭に来てから私たち二人の手取り年収は2百万減り、Cさんの収入がなくなればさらに半分になります。
家計はだいぶ苦しくなりますが、二人で協力しながらなんとかやってゆければと思っています。

Cさんの力になりたい

今から8年半前、Cさんと知り合った頃、私は「自律神経失調症」でボロボロになっていました。
外出もままならず、食事に出ても30分でダウンしていましたぐったり

その時にCさんはいつも変わらぬ態度で私に寄り添ってくれました。
ありがとう。
Cさんと出会えたのは私の人生で一番の幸運だと思っています。

今度は私がCさんの力になれればと思っています。

私は今まで何度か人生のピンチがありましたが、その度に成長してきました。
今回もそのようになると思っています。

これからもこんな二人ですがよろしくお願いいたします。

ありのままの自分と相手を受け入れることこそ信頼感につながる

信頼感

久しぶりに一人暮らしになって12日。
果たして自分はどれくらい寂しくなるのだろうかと心配していたのですが、意外と大丈夫なようです。
Cさんに対して薄情なようで少し自責の念もあるのですが、実はこれはとてもいいことなのではないかと思うのです。

「親密な大人の関係を保つためには、一人でも楽しめることが大切」

と聞いたことがあります。

寂しかったり不安になって、やたらと連絡を取ったり、相手をコントロールしたり、かけひきをしたり、やきもちをやいたりすれば、お互いが苦しくなってくると思います。

しずかに心を温めてくれる炎

遠く離れていても安心していられるのは、Cさんに対する「信頼感」が心の中にいつもあるからだと思います。
燃え上がる炎ではなく、しずかに心の中を温めてくれる小さな炎が。

この信頼感は今までのCさんとの長い時間をかけて培われてきたものです。
その根幹には、お互いに「ありのままの相手」を受け入れるという気持があると思います。

Cさんと私は性格も志向も正反対のことが多いです。
私自身、欠点もいろいろあります。
でも、Cさんはいつもありのままの私を受け入れてくれました。

ほんとにありがとう

そして、私もありのままのCさんを大切にしたいと思ってき…たつもりです。

ありのままの自分を好きになる

先日「嫌われる勇気」という本を読みました。

「嫌われる勇気」とは「嫌われることがいい」という意味ではありません。
大切なのは、他人の評価を気にせず「自分らしく生きる」こと。
自分らしくいられることによって、自分を好きになり、そして他人を好きになることもできるのです。

また、幸せとは

  • 自分のことが好き(自己受容感)
  • 他の人を信頼できる(他者信頼感)
  • 他の人の役に立っている(他者貢献感)

の3つが大切だと書かれていました。

「自己受容感」とは、出来ない部分、変えられない部分も含めて「ありのままの自分」を受容する気持です。
ありのままの自分が好きだからこそ、相手にも一切の条件をつけずに「ありのままの相手」を受け入れることが出来るのです。
そしてこれが相手に対する信頼感につながるのですね。

自分が好きが何より大切

これと似ているのですが、私自身も劣等感があると相手を受け入れられないということをずっと感じていきました。

たとえば、目の前に東大卒で美人でグラマーな女性がいたとします。
しかも性格もよくてお金持ちだったりして。

ひぇーー、いるんですよ、こういう素敵すぎる人が。
まさに自分が「すっぽん」か「イモリ」になった気持です。

その人に対して、素直に

「素敵ですね」

と言えるでしょうか…。
以前はとても無理だったのですが、最近はやっとこさ言えるようになった気がします(たぶん…)。

それを言えるようになったのは、腹も出てるし胸もない「ありのままの自分自身」が好きになってきたからだと思います。
そしてそれが出来るようになったのは、ありのままの自分をCさんや友達が受け入れてくれたことが大きいのです。

ありがとうございます。

他人の承認はいらない

3つ目の「他者貢献感」については、面白いことが書かれていました。
自分が他者の役に立っていると実感するためには

「ありがとう」
「すごいね」
「いいね」

といった承認の言葉は必要ないというのです。

私はずっと他人の評価を気にして生きてきました。
まさに「嫌われたくない」ですね。
でも、実際はがんばっても評価されないことがほとんどです。

そんな時は

「自分は役立っている」

と主観的に思うだけでいいのだそうです。

なるほどこれはいいと思いました。
これこそ「自由」なのかもしれません。

信頼感

こう思えるのも「自分のことが好き」だから、「相手を信頼できる」だからだと思います。
そしてこの「他の人に役立っている」という気持が、さらに自分や相手への信頼感に繋がるのです。

この本に限らず、人から聞いたことは実体験の中で「自分の言葉」になったとき、初めて自分の心に届くものだと思います。
今はぴんとこなくても、将来ふとした瞬間に気がつくかもしれません。

この人ならきっと大丈夫。
自分ならばきっと大丈夫。
大丈夫じゃなくても、それはそれでしかたないじゃない。

それが信頼感なのだろうと思います。
そしてそう思えるようになりつつあることが嬉しいです。
生きてるのはいいことですね。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

男性恐怖の私がCさんと一緒に暮らすようになるまで

Cさん

今から8年前の2006年5月11日に「焼き鳥屋デビュー」したとき、Cさんはその場にいました。
でも実際に仲良くなるまでには、それから1年以上の時間を必要としました。

私はもともと男性に対して非常に警戒心が強く、男というものはすべからく

普段優しそうに見えても、お酒を飲んだら豹変する

ものだと信じていました。

そんな「猜疑心バリバリ」「堤防10m」の私に対し、Cさんはその後私にいろいろな物をくれました。
多くは食べ物でしたが。

「なんでこの人は食べ物をくれるのだろう…」

と思いながらも、ありがたくもらっていました。

二人きりで食事をしたとたんにメニエール発症

Cさんと初めて二人きりで外食をしたのは近所の和食屋でした。
それが会って9ヶ月後の2007年の2月のことです。

近くの小料理屋で週末酩酊

その直後にメニエール病を発症。
その後自律神経もガタガタになり、出勤も出来ずに半分寝たきりのような状態になってしまいました。

そんなボロボロの私に対しても、Cさんは全く変わらずに私と接してくれました。

あまりにもきついので、会うときもジャージ状態です。
しかもすっぴん。
完璧主義の私にとってはそんなことはありえないことでした。

しかも夕食にさそわれて一緒に食事を始めても、30分も経つと具合が悪くなってダウンしてしまいました。

いずれ断ろう

やがて具合はさらに悪化し、私の行動半径は家の周り数十メートルになってしまいました。
ものすごく孤独で不安した。

そんなとき、Cさんはいつでも会ってくれました。
しかもおごってくれます。

とにかくきついので、Cさんとの付き合いは元気になったら断ろうと思っていました。
それに、どうせ私のことなんていずれ嫌いになるだろうと思っていました。

投げやりがよかったみたい

でも、これが実はよかったようです。
Cさんに好かれたいと思ったら、頑張って自分を作ってしまったでしょう。
でも

「どうせいずれ断る」

と思っていたので、ありのままの自分で接していました。

「さあ、嫌いになれ!」

という感じですね。
相手に合わせるのが当たり前に私にとって、これは清水の舞台から飛び降りるようなものでした。

こんな失礼きわまりない私に対し、Cさんはずっと変わらずに接してくれました。

Nさんから友達へ

具合が悪くなって数ヶ月後の2007年4月まで、ブログには「Nさん」と書いているようです。

旨い!焼き鳥屋のラーメン

その後、

夕食は近所に住んでいる友人と2人で

と「友人」という表現になっています。

まだまだこの時点でも、特定の男性と付き合うことに対する不安がとても強かったのだと思います。

週末はイタリアンで旨い水を

「Cさん」と初めて書いたとき

そして、Cさんと出会ってからほぼ1年後の2007年5月4日、はじめてブログで「Cさん」と書いています。
その時、私に何が起きたのでしょうか。

野外ライブと焼き鳥屋。近場でもGW

やがて体調も良くなり

その後、6月頃には体調も回復してきました。
それでも、私はCさんを自宅に入れたりはしませんでした。

男を入れたが最後…、居座れて大変なことになる。
ほんとに怖かったのです。

でも、そんな私に対し、Cさんは毎朝私の出勤時間にマンションの玄関前で私のことを待っていてくれました。
一言も文句を言わずに。

そしてついにCさん入城

そして、ついに2007年8月6日、Cさんを我が家に向かえ入れ、手作りの料理を作ってもらいました。
丁度風邪の具合が悪かったようです。

それまで

「けっこう料理は得意なんだよ」

とCさんは言っていたのですが、ほとんど信用していませんでした。

ところが実際にCさんの手料理を食べてビックリ!
ものすごく美味しいではないですか。

その日のブログで私が書いた文章です。
ちょっと長いですが引用します。

さて、ところで最近よく出てくるCさんとは誰でしょう。
実は、色気話の”全く”無かった私に最近になって彗星のように現れた男性なのです。
私は顔も面白いし、胸も無くて腹は出ているし、おかしな記録をたくさん付けてるし、男性に対しては警戒心も強いし、いろいろなことに熱中して”つけ入る隙”を見せないし、あちこち病気するしで、男性にはほとんど今まで縁がありませんでした。
しかし、こんな私に興味を持ってくれ、私が病気でヨレヨレになっていた時もずっと優しく見守ってくれたのがCさんだったのです。

こうしてCさんとのお付き合いが始まったのでした。

チキントマトソース、キノコのスープ卵とじ、サラダ(Cさん作)

そして長い時間をかけて私も変わりました

私の「男性不信」「男性恐怖」はその後もそうそう簡単には変わりませんでした。

そんな私が心からCさんのことを信頼できるようになったのは、Cさんの大らかさ、そしてありのままの私を受け入れてくれるその気持ちがあったからです。

ほんとにありがとうございます。
人生最大のラッキーです。

しかし病気にならなければ。元気いっぱいでいつもあちこちを飛び回っていた私は、Cさんを受け入れなかったと思います。
病気のおかげでCさんと一緒になれました。
これもほんとにありがとうございます。

続く…。

Cさんと焼き鳥屋の出会い、それは偶然から始まりました

提灯

今日は在宅勤務。
いつものように一日中自宅のパソコンにかじり付いていました。

今夜もCさんは遅いのかなーなどと思っていると、18時前に「もうすぐ終わる」という電話が入りました。
ひーー、あわてました。
嬉しいんですけど、私は急な対応が苦手なのです。

その結果、近所の焼き鳥屋で合流することにしました。
平日のまだ明るいうちから行けるのは久しぶりです。

入り口脇の火鉢と大鍋

玉こんにゃく

お店の入り口脇には火鉢の上に大きな鍋が置かれています。
たぶん何十年も前から同じ光景なのでしょうね。

玉こんにゃくアップ

中には山形名物の玉こんにゃくが。
味がしみて最高です。

ビールはセルフで

ビールはセルフで

お店に入ると、Cさんが先に始めていました。
今日は暑かったので、私はビールを頂きます。

冷水に浸った瓶ビールを自分で取りだし、タオルでぬぐい、年季の入った栓抜きで開けます。
冷蔵庫からビールグラスを取りだし、Cさんの正面へ。

焼き鳥

・Cさん食べかけの焼き鳥(カラシを添えて室蘭風)
・お通しの肉じゃが(以前血糖値が高騰したのでタケノコに代えてもらいました)
・アシタバのお浸し(ほろ苦くて美味しい!)

カツオ刺し身

「モカちゃんカツオ食べる?」

というお母さんの言葉で出てきたのが、いつものカツオの刺し身。
いい所から仕入れているらしく、いつも安定して美味しいです。

Cさんと焼き鳥屋の出会い

Cさんもあと何回ここに来られるでしょう。

Cさんがこのお店と出会ったのは今から10年くらい前。
銭湯で競馬の話を耳にし、それに口を挟んだ相手が焼き鳥屋のお父さんでした。

その後、東京競馬場に行く途中、乗換駅の通路でお父さんと遭遇。
挨拶だけして別れたそうですが、なんと帰り道でも同じ駅で遭遇したのでした。

「どうだ、ちょっとうがいしてゆくか?」

というお父さんの誘いで休みの焼き鳥屋に裏口から入り、飲んでいったのが最初だそうです。

やがてCさんはここの常連になり、私と出会うことになります。

この偶然の出会いがなければ今の状況はなかったかもしれません。
月並みな言い方ですが、運命的なものを感じました。

この偶然に感謝したいと思います。

お読み頂きありがとうございました。

Cさんが北海道に帰ることになりました

大きな地図で見る

来月Cさんが北海道に帰ってしまうことになりました。
正確には北海道(室蘭)への転勤なのですが、職種的にも年齢的にも「最終赴任地」になるだろうとのことです。

現在の東京勤務はうまくすれば定年まで続けられると思っていたので油断していました。
しかしわずか1年半で東京勤務は終わってしまうことになります。

前回の君津赴任は、東京から近かったし、その前は同居はしていなかったのであまり問題はありませんでした。
今回は遠いし、1年半完全に同居していたのでかなりダメージが大きくなりそうです。

私はどうなるでしょう。
寂しさでうつになるか、酒に溺れるか、はたまた元気になるか。

今の状況を脱する良い話

ほんとはずっと東京にいてもらいたかったです。
でも、今の勤務をこれ以上続けていたらCさんは心身ともにまいってしまうと思っていました。
北海道では仕事は楽になるそうです。
そういう意味ではとても良い話だと思います。

しかし収入や手当は減り、逆に別居や移動でお金がかかるようになります。
今以上に節約しないといけないですね。

私はどうする

仕事を辞めざるを得ない理由

さて、私はどうするのか…。
東京にはマンションも仕事もあるし、イモリもいます。
先日のクローズアップ現代でも

「将来、離職の要因になりうるものは?」との問いに対して女性だけでなく男性も転居・転勤を第一に挙げたのです。

とのことでした。

(参照元:転勤できない社員続出  – NHK クローズアップ現代)(別ウインドー)

しかし幸いなことに私はどこにいても仕事が出来る状況をこれまで構築してきました。
会社側に相談したところ、すぐに「在宅OK」が出ました。

とにかく、まずは仕事をしながら東京と北海道の二重生活をしてみようと思います。
東京と北海道の割合がどうなるかはわかりません。
夏は長く、冬は短く…だったりして。

まず最初の飛行機は「スカイマーク」を予約しました。
早めに取ったので片道1万円で買えました。
スカイマークに電話し、イモリの機内持ち込みも了承をもらいました。

周りの反応は

北海道

会社で北海道行きのことを話すと

「わー、北海道いいなー!私も行きたい!」
 → 1週間やそこらの旅行じゃないんですけど

「室蘭!いいところですねー!」
 → 行ったことないでしょ

といった反応でした。
他にも

「マンション売って北海道いっちゃいなよ」
「仕事なんて辞めてついて行きなよ」

などという反応もありました。
ほんとは「大変だね」とか「寂しくなるね」などと言ってもらいたかったのですが。

まあ周りが何と言ってくれても、実際に行動するのも決めるのも自分。

まずは7月初頭に引っ越しの荷出しを済ませてからからCさんが北海道に行き、少し経って荷受けから私も北海道に行く予定です。

ブログにも北海道のことが書けて少し面白くなると思います。
今後ともこんな二人ですが、なにとぞよろしくお願いいたします。

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Cさんとうまく別れられるかな?

大井更科を出ると、Cさんは大井町駅前のヤマダ電機へ。
 5.1チャンネルのホームシアターを買おうと、Cさんは意欲満々です。

 今にも5.1チャンネルのシステムを買おうとするCさんを私はなんとか押しとどめました。
 わが家のリビングにそれが設置出来るかどうかちゃんと調べてから買いたいと思ったのです。
 
 でも、Cさんはその後全く無口になってしまいました。
 せっかく買おうと思っていたのに私に阻止されて怒っちゃったのでしょうか。

 帰り道、全く無言のCさんの後を歩きながら、実は「これでいいのでは」とちょっと思いました。
 ここでケンカになって、Cさんを嫌いになれば、楽に別れられます。
 
 私は、どんなに大好きな人でも、いつも頭の片隅には「いかに別れるか」ということを考えている気がします。
 永遠の関係、永続的な関係というのが信じられない私にとって、いかに傷つかずに別れるかは大切なことです。
 
 家に帰ってからもCさんはなんとなく不機嫌で怒っていました。
 でもやっぱり、そんなCさんでも「今日はなんか不安定なのだろうな」と思いながら、明日はきっと元に戻ると思うのでした。
 
 この人はたぶん信頼出来る。
 今までにない気持ちだと思います。

Cさん大丈夫かな?関白宣言で涙

すき焼きを食べながらクイズ番組を観ていると、Cさんは椅子に座りながら寝込んでしまいました。
 だんだんと寝汗をかいてきたので、寝ている横から団扇であおいであげました。

 やがて汗だくで目をさましたので、リビングにお布団を敷いて、寝てもらいました。
 実は昨日もカラオケから帰ってきて家で二人で飲んでいたら先にCさんが寝込んでしまったのでお布団を敷いて寝てもらいました。

 外で飲んでいるときはそうではないのですが、うちで飲んでいるとき、Cさんが先に寝込んでしまうことが時々あります。
 確かに私より5才年上です。
 たぶん私より濃いお酒を飲んでいると思います。

 でもやはり心配です。
 私もお酒を飲みすぎるし、Cさんよりずっと自己破滅的でアルコール依存に近い悪質な飲み方だと自覚しています。回る少女
 なのでCさんのことはとやかく言える立場ではないのですが、やはり心配です。

 単に疲れが溜まっているだけならばいいのですが。もしかしたらどこか悪いのではないかなどと思ったりもします。
 Cさん、あと30年は一緒に美味しいもの食べて美味しくお酒飲みましょう。
 その間ずっとブログも書きますよ。

※この翌月にCさんの糖尿病が発覚しました

関白宣言で涙

 昨日のカラオケで、Cさんに「関白宣言」を歌ってもらいました。
 たぶんほとんどの人が知っている、さだまさしのヒット曲です。
 私も何度も聞いたことはあります。

 でもCさんが歌うのを聞いていて、全く思いがけずに涙が止まらなくなりました。

「お前は俺の処に家を捨てて来るのだから、帰る場所はないと思え、これから俺がお前の家
 年をとったら、俺より先に死んではいけない
 例えわずか一日でもいい、俺より早く逝ってはいけない
 お前のおかげでいい人生だったと、俺が言うから必ず言うから
 俺の愛する女は生涯お前一人」

 Cさんの気持ちじゃなくて、歌だとはわかっていても、涙が止まりませんでした。とほほ

 私は自分ではよくわからないのですが、もしかしたら自立したキャリアウーマンなんかじゃなくて、こんな亭主関白の夫を一生懸命支えるのが好きな古くさい女なのかもしれません。

 でもそんな相手がもしかしたら(この年になって)目の前に現れてくれたのかもしれません。
 人生何が起きるかわかりません。

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