さて、市電でまず行ったのは、リスボンの下町「アルファマ」です。
1775年の大震災の被害をあまり受けなかったため、それ以前のイスラム支配の影響を色濃く残している地域で、リスボンで一番行きたかったところです。
市電28番をアルファマの高台「サンタ・ルジア展望台駅」で下車。下車と言っても、車内アナウンスもなく、どこを走っているのかもよくわからないため、勘で降りたら(たまたま)そこだったという感じです。でもいいところで降りられました。
展望台から見晴らす景色は、実に素晴らしいものでした。写真にすると単なる「ガイドブックや絵はがきによくある写真」なのですが、実物で見るとその感動は全然違います。
眼下には赤いレンガ瓦の家々が連なり、その向こうにはキラキラと陽射しに輝くテージョ川が広がっていました(4)。テージョ川は「川」と言っても、ここから見える河口は幅10キロもあり、ほとんど「海」。一つ一つの家々に、ポルトガルの歴史と人々の生活を感じました。
展望台からテージョ川に向かって細い曲がりくねった坂道を降りてゆくと、アルファマの中心に入ってゆきます(1)。一つ曲がり角を曲がると、観光客も全くいなくなり、強い陽射しの中で静寂に包まれました。いるのは昼寝をしている野良犬だけ(2)。もし一人だったら恐くなったことでしょう。
ゴーストタウン? そう思った時に民家の窓に小鳥カゴを見つけてほっとしました(3)。




朝ホテルを出た時には、セーターを着たいほど寒かったのですが、この頃には強い陽射しでTシャツ一枚でも良くなっていました。空気が乾燥しているため水も常に携行していないと倒れてしまいそうでした。しかし、逆に日陰に入るとほとんど暑さを感じなくなるのがとても印象的でした。
やがてアルファマの中心「サン・ミゲル教会」前に出たため(7)、「A BAIUCA」というファドレストラン(6)で夜の予約をしてきました。掃除をしていたブラジル人のおばさんにお願いしたのですが、英語が全く通じないのには参りました。ポルトガルでは観光関係の人以外はほとんど英語が通じないようです。

そうこうしているうちにお昼時になったため、何ヶ所かのレストランを覗き、何となく「勘」で「ome á」というレストラン(8)へ入ってみました。
既に十分昼時になっていたにもかかわらず店の入り口は薄暗く、ちょっと不安でしただったのですが中に入ってみてビックリ。白い内装と木の家具が素敵なお店でした(10)。
おまけに、私たちが入ってすぐにギターを持った女性が入ってきて、ボサノバの生演奏を始めてくれました(11)。まだその頃はお客は私たちしかいなかったため、
「私たちも日本でブラジル音楽をやっているのよ!」
などと話が盛り上がり、ガンザという小さいシェーカーで演奏に参加してしまいました。


ポルトガルでは、レストランでテーブルにつくと、まず「生ハム、チーズ、オリーブ、パン」のお通しが必ず出てきます(12)。下手するとこれだけでお腹一杯になってしまうので、出てきた時点でいつも下げてもらいました。
今日注文したのは「アローシュ・デ・マシリコ(Arroz de Marisco)」(€12(約1600円))。(13)コリアンダーの香りが爽やかなシーフードリゾットです。これに白ワインをハーフボトルで注文。
周りの席はいつしか満員になり、(恐らく教会帰りではないかと思われる)地元の人達の話し声でにぎやかになっていました。隣のテーブルで親戚か近所かのグループがワイワイとポルトガル語で食事をしている様子はまるで映画のシーンのようで(14)、ボサノバの音楽も相まって、私たちは二人で幸せになってしまい、ワインのボトルを追加して(何本追加したのかはおぼえていないのですが)、すっかり酔っぱらってしまいました。


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