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≫ パソコンに最初に触ったのは1982年くらいでしょうか。なんとなくクリスタルやルビーの指輪が流行していたころです。
ベーシックマスターJr その頃NHK教育テレビでやっていた「パソコン入門(東大の石田先生が講師)」という番組を見て、街のデパートに出かけては日立の「ベーシックマスターJr」というパソコンで復習していました。
 パソコンに「FOR, GOTO, IF, LINE, RUN」といったちょっとしたコマンドを入れては、画面にキラキラと出てくる文字や図形を見て感激していたことをおぼえています。
 私のパソコン黎明期ですねー。

≫ 大学に入ってからは、パソコンがずらりと並んだ「情報処理センター」に行って喜々としてプログラミングをして遊んでいました。ちなみに大学は全然コンピュータとは関係ない学部です。

ビル・ゲ○ツさん 情報処理センターのパソコンは三菱の「Multi16」。まだこの頃16bitマシンは「はしり」だったと思います。OSは「CP/M」。「CP/M」というのは後にパソコンの標準OSになった「MS-DOS」よりも前からあったパソコン用のOSで、私は個人的にはマ○クロソフトのビル・ゲ○ツさんは「CP/M」を真似して「MS-DOS」を作ったような印象を受けています。同様に「1-2-3」を真似て「Excel」は作るわ、「Mac」を真似て「Windows」を作るわ…。
 情報処理センターでは、情報学部の大学院生(”どてら”にぼさぼさ頭という格好で、そこに住みついていた人達)に時々パソコンを教わっていました。どてらのお兄さんがとてもクールに見えたものです。

FORTRAN まだその頃は漢字変換も漢字コードを一つ一つ入力しなければならず、プリンターも8ピンのシリアルプリンターでした。でも楽しかったですねぇ〜。
 プログラミング言語は「FORTRAN」です。「やーっほー、フォートランランラン」というギャグもわかる人は少ないでしょう。

≫ その後最初に買ったパソコンはNECの「PC9801F2」でした。今から16年ほど前です。プリンターまで買って、その頃で30万円以上しました。「N88-BASIC」という言語でこつこつおかしなプログラムを作って遊んでいました。

PC9801F2 その頃はメモリー(RAM)も128KB程度で、ハードディスクなどもありませんでした。やがてメモリーが640KBになり、10MBのハードディスクが出たときはたいそう感動したものです。しかしとても高価で貧乏学生の身には買えませんでした。

≫ パソコン通信と出会ったのは1987年でした。
 その頃は「モデム」などはなく、「音響カプラ」という機械に、電話(リンリン鳴る懐かしい電話)を「ガポッ!」とはめ込み、300bpsという信じられないような遅い通信速度でやっていました。300bpsというのは今の8M ADSLの1/27000の速度です。100MのFTTHの…。計算する気にもなりません(^_^) しかし画面に「チョロチョロ」と文字が出来てきたときの感動を私は今でも忘れません。
 大学の有志で作った手作りのパソコン通信(草の根ネット)から始め、出来たばかりのNIFTY-Serveに加入してパソコン通信を楽しんでいました。(PC-VANというのもありましたねー)

98NOTE≫ 大学を出て入った会社もコンピュータとは全く関係ない会社だったのですが、ここでは始め98NOTEを使っていました。少ないメモリーをいかに有効に使うかという、「メモリー遊び」がいちばん楽しかったです。UMBとかEMSとかってやつですね。使っていたEditorは「VZ Editor」。ディスクユーティリティーは「FD」です。きゃー、おたくぅ〜。

≫ こんなMS-DOSな私が転機を迎えたのが、会社がMacを導入することになったときでした。会社で買ったのはMac fxとモニター、レーザープリンターとCDROM。これで200万円以上しました。ポストスクリプトのギザギザのない文字に皆感動していましたが、私はシンプルなMS-DOSの方が軽くていいとずっと思っていました。しかしやがて会社のパソコンはMacに席巻されてしまい、仕方なく私もMacを使うようになったわけです。

Color ClassicII 最初に買ったMacはColor ClassicIIでした。まだインターネットも普及しておらず、ネットワークといえばパソコン通信の時代でしたから、十分実用的な速度で使うことが出来ました。使っていたソフトは主にComNifty、茄子といったパソコン通信ソフト、マックライト、マックドロー、ファイルメーカーです。ここで初めて導入したPhotoshopにはとても感激しました。もともと写真が好きだったため、いつかはこんなソフトが出来ないかと思っていたのです。

PowerMac 7600/120 次に買ったのはPowerMac 7600/120。この頃から私もだんだんとMacに毒され、少し「Macな人」になってきてしまいました。Macが好きな人の中には「宣教師」的に押しつけがましい人がいるので、自分はああはなりたくないと思っていました。
 ちなみにこのパソコンは今会社でデータベースサーバーになっています。年取っても働いてもらいます。ピシっ。(その後2005年にサーバーを下記のG4と交代し、天寿を全うされました)
PowerMac G4 そしてその次に買ったのがPowerMac G4 500MHzです。仕事用に会社で買ってもらいました。メモリーは832MB、HDは140GBくらいです。
 このパソコンを使って、2000年から2002年まで自宅で仕事をしていました。

PowerMac G4 Quick Silver 2002年6月に社長が変わり、「おい、おまえ、会社に出てこい」という一言で悦楽の在宅勤務から哀愁の通勤生活に入り、自宅で使っていたG4も会社に送られてしまいました。
 そこで買ったのがPower Mac G4 QuickSilverです。
 今まで全く知らなかったのですが、今調べたら800MHzというクロック数でした。メモリーは1.25GBです。すごーい。USBやFireWire経由で山ほど周辺機器を付けているので、デスクの下は讃岐うどんのようになっています。

Power Mac G5 1.8GHz dual 2004年の夏にOSXを導入し、G4では遅くてたまらなくなったため買ったのが、このPower Mac G5 1.8GHz dualです。
 時流に逆行して、そのずうたいの大きいことと言ったら驚くばかりです。
≫ この20年間にパソコンの性能は飛躍的に向上し、かつては夢だったようなことが自由自在に出来るようになりました。昔は本当に一部のマニアだけが使っていたパソコンが、今ではビジネスでも必須のツールになり、誰もが好むと好まざるとにかかわらず使っています。

 これだけパソコンが普及してしまうと、あたかもテレビや冷蔵庫と同じような意識で考えてしまいがちですが、私はやはりパソコンというのは非常に難しいものだと思っています。確かにユーザーインターフェースは昔よりはよくなりました。しかし、ほとんどの人がパソコンの持つ性能の1%も使いきっていないような気がするのです。

 パソコンは人の知的能力を飛躍的に増大させます。交通機関の発達が人の移動能力を格段に向上させ、たくさんの幸せを生み出したのと同じように、パソコンももっともっと人の幸せのために役立てばと思って止みません。
 仕事で業務プログラムを作るとき、このプログラムによって社員の仕事の量やストレスが軽減され、少しでも幸せになってもらえればと思って作っています。HPを作るのも、大切な情報を少しでも多くの人に知ってもらい、幸せになってもらいたいと思っているからです。
 コンピュータはあくまでも人を幸せにするための道具だということを忘れてはいけないと思います。

 私はインターネットを通じてたくさんの素晴らしい人との出会うことが出来ました。HPを作って自分の気持ちを伝えることも出来ます。
 これからもパソコンというテクノロジーを使って少しでも自分や周りの人の幸せに貢献できればと思っています。
 
 
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