大学に入ってからは、パソコンがずらりと並んだ「情報処理センター」に行って喜々としてプログラミングをして遊んでいました。ちなみに大学は全然コンピュータとは関係ない学部です。 情報処理センターのパソコンは三菱の「Multi16」。まだこの頃16bitマシンは「はしり」だったと思います。OSは「CP/M」。「CP/M」というのは後にパソコンの標準OSになった「MS-DOS」よりも前からあったパソコン用のOSで、私は個人的にはマ○クロソフトのビル・ゲ○ツさんは「CP/M」を真似して「MS-DOS」を作ったような印象を受けています。同様に「1-2-3」を真似て「Excel」は作るわ、「Mac」を真似て「Windows」を作るわ…。 情報処理センターでは、情報学部の大学院生(”どてら”にぼさぼさ頭という格好で、そこに住みついていた人達)に時々パソコンを教わっていました。どてらのお兄さんがとてもクールに見えたものです。 まだその頃は漢字変換も漢字コードを一つ一つ入力しなければならず、プリンターも8ピンのシリアルプリンターでした。でも楽しかったですねぇ〜。 プログラミング言語は「FORTRAN」です。「やーっほー、フォートランランラン」というギャグもわかる人は少ないでしょう。
その後最初に買ったパソコンはNECの「PC9801F2」でした。今から16年ほど前です。プリンターまで買って、その頃で30万円以上しました。「N88-BASIC」という言語でこつこつおかしなプログラムを作って遊んでいました。
その頃はメモリー(RAM)も128KB程度で、ハードディスクなどもありませんでした。やがてメモリーが640KBになり、10MBのハードディスクが出たときはたいそう感動したものです。しかしとても高価で貧乏学生の身には買えませんでした。 パソコン通信と出会ったのは1987年でした。 その頃は「モデム」などはなく、「音響カプラ」という機械に、電話(リンリン鳴る懐かしい電話)を「ガポッ!」とはめ込み、300bpsという信じられないような遅い通信速度でやっていました。300bpsというのは今の8M ADSLの1/27000の速度です。100MのFTTHの…。計算する気にもなりません(^_^) しかし画面に「チョロチョロ」と文字が出来てきたときの感動を私は今でも忘れません。 大学の有志で作った手作りのパソコン通信(草の根ネット)から始め、出来たばかりのNIFTY-Serveに加入してパソコン通信を楽しんでいました。(PC-VANというのもありましたねー)
こんなMS-DOSな私が転機を迎えたのが、会社がMacを導入することになったときでした。会社で買ったのはMac fxとモニター、レーザープリンターとCDROM。これで200万円以上しました。ポストスクリプトのギザギザのない文字に皆感動していましたが、私はシンプルなMS-DOSの方が軽くていいとずっと思っていました。しかしやがて会社のパソコンはMacに席巻されてしまい、仕方なく私もMacを使うようになったわけです。
最初に買ったMacはColor ClassicIIでした。まだインターネットも普及しておらず、ネットワークといえばパソコン通信の時代でしたから、十分実用的な速度で使うことが出来ました。使っていたソフトは主にComNifty、茄子といったパソコン通信ソフト、マックライト、マックドロー、ファイルメーカーです。ここで初めて導入したPhotoshopにはとても感激しました。もともと写真が好きだったため、いつかはこんなソフトが出来ないかと思っていたのです。
2002年6月に社長が変わり、「おい、おまえ、会社に出てこい」という一言で悦楽の在宅勤務から哀愁の通勤生活に入り、自宅で使っていたG4も会社に送られてしまいました。 そこで買ったのがPower Mac G4 QuickSilverです。 今まで全く知らなかったのですが、今調べたら800MHzというクロック数でした。メモリーは1.25GBです。すごーい。USBやFireWire経由で山ほど周辺機器を付けているので、デスクの下は讃岐うどんのようになっています。